<鹿>
燕は、風府という経穴を鍼で突いた。
これは、正中うなじの後髪際から1寸上がった箇所で、ここを刺激すると四肢神経が麻痺を起こす。
したがって、目、口や首を動かすことはできるのだが、手足の自由が効かず、力も入らなくなるのである。
朱鷺は、燕を見上げながら、
「どうして、おまえが。」
呟くつもりが、言葉にならなかった。
言葉は出なかったが、その代わりに滂沱の涙が溢れ出た。
口惜しい思いもあったが、幼馴染の燕に裏切られたのがとても悲しかったのだ。
「好きなだけ、お泣き。今のおまえには、それ位のことしか出来ないからね。」
燕が冷たく突き放す。
「さっきの鍼で、半刻は動けぬ筈。」
そういいながら、朱鷺の懐から書状を取り出す。
肩の手当てを受けながら、二人を眺めていたお万喜の方は
「おエンようやった。さすがは私が目を掛けただけのことがある。」
と、燕から書状を受け取った。
三ヶ月前燕は、御家人・佐々木家の息女としてこの藩邸に奉公に上がった。
今回の朱鷺と同じように、お万喜の方にお目通りし侍女に屋敷内を案内して貰った.。
その晩にも密約状奪取を試みたかったが、生憎新月の夜であった。
いくら夜目が効くといっても、月明かりさえない夜では行動しにくい。
燕は、数日間機会を伺うことにした。
日々の"つなぎ"は怠ることなく、毎日やってくる三河屋の使用人に扮した隠密との間で、読唇で会話していた。
そして三日目の晩、燕は遂に決行に移った。
音の出ない廊下を歩き、天井裏を伝い、書斎の天井まで達した。
天井板をずらし、人の気配を確認して畳に飛び降りる。
ここまでは、今日の朱鷺と同様だった。
しかし畳に着地した瞬間、書斎の行灯が点り、黒布を被って伏せていたお万喜の方が立ち上がりながら、
「鼠がかかったぞ。それ、ひっ捕らえい。」
と周りの武士たちに命ずる。
衝立の陰に潜んでいた捕縛道具を手にした武士たちが、あっという間に燕を追い詰める。
左右からの袖絡で両袖の自由を奪われ、中央から腹部を刺股で床の間の壁に押し付けられては、さすがの燕も逃れようがなかった。
肥前藩御用を承る小間物商の男が、偶然にも佐々木家に出入りしていたのだ。
その男が、燕を一目見て身分を偽っていることを見抜いた。
「確かに佐々木家には二人の娘がおりますが、こちらのお女中のような美形ではありません。酷い醜女でございます。」
と、お万喜の方に密告したのだ。
つまり、この密告のあと燕は四六時中見張られていたのだ。
お万喜の方の厳しい詮議が始まった。
「どこまで公儀は掴んでおるのじゃ。」
「他にも、此処へ潜り込んだ者がおるじゃろ。」
「国元の探索は、どうなっておる。」
全身隈なく笞打たれ、乳頭や性器を炎で焼かれ、三角木の上で石も抱かされた。
確かに、惨い責め苦であった。
しかし未通女の燕にとって、もっと辛いものがあった。
それは、責め問いに明け暮れた日の翌日は、朝から晩まで男共の慰み者にさせられたのである。
下級武士から下男まで、獣じみた無数の男に犯されたのだ。
拷問と強姦が、一日おきに日々繰り返された。
徐々に、燕の精神は崩壊していった。
そんな地獄が二十日も続いただろうか、憔悴しきった燕にお万喜の方が優しい口調でを語りかける。
「おエンとやら、辛抱強いのう。そのお前の挫けぬ魂、この私に預けてみんか。」
さっぱり訳の分からない燕は、怪訝そうにお万喜の方を見返すのだった。
「このままでは、責め殺されるのが関の山。若い身空で犬死にはつまらんぞ。」
お万喜の方が続ける。
「これだけの責めに耐え抜いたのじゃ、誰もお前を意気地なしとは言わんじゃろう。」
燕は思った。
確かに自分は、よく持ち堪えている。
賞賛されることはあっても、非難されることなどないだろう。
しかし、お上に対する忠誠心を裏切る自分を受け入れることはできなかった。
お万喜の方は、まるでその心持を見透かしたかのように、
「忠義も大事じゃが、命あっての物種じゃぞ。それに、女としての幸せも味わってみたいじゃろ。」
と赤子に諭すように、燕に告げた。
燕は、"女の幸せ"という言葉に気持ちが揺らいだ。
「働きによっては、重きに取り立てるぞ。家臣の養女として、どこぞの武家に嫁がせることも出来る。」
この嫁入り話は、燕を充分決心に導いた。
「お方様、わかりました。仰るとおりに致します。」
内通者との誹りを受けるのは嫌だったが、このままどこかの武家に嫁ぐことができればそんな心配は無くなる。
終に、燕は寝返ってしまったのだ。
お万喜の方は、動けぬ朱鷺に言う、。
「お前がその書状を奪いに来たということは、国元ではまだ証となるものを入手していないのであろう。となると、三日前に国元に旅立たれたお殿様ご一行の中に公儀の狗が紛れておるのじゃろう。」
然したる根拠もないが、確信したような口ぶりだ。
しかし、この推察は正しい。
御側御用取次・水野光則は藩邸に朱鷺を遣わすとともに、又市、百舌の両名を藩主一行の中に潜り込ませた。
国元での動きやすさを考慮し、この二人は国元で育った"草"である。
「おエンに一行の名付きを改めさせたが、知る者はおらんそうじゃ。ここは、そなたに聞くしかないが。」
"草"の存在自体はお庭番なら誰でも知っているが、今回どの者が選ばれたかは水野と朱鷺しか知らぬ。
「残念ながら、私も知りませぬ。」
朱鷺が、自然に答えた。
「嘘だ。水野より下命を受ける際に顔を合わせているはず。」
燕が口を挟んできた。
「まあ良い。お殿様一行が国元に着くまで一月はかかる。早馬を使えば、、すぐに追いつこう。ご領内に入る前に狗を成敗してしまえば良いのじゃ。問い質す時間はたっぷりある。」
お万喜の方はそう言うと、下級武士たちに朱鷺を座敷牢に連れて行くよう命じた。
座敷牢といっても屋敷内ではなく、藩邸敷地内の土蔵である。
この土蔵は藩主に逆らった者などを留め置く目的だけでなく、責め問いにも使われているようで、異様に梁や柱の類が多く、責め具も多様に用意されていた。
朱鷺は、柱に固定された。
自力では立てぬため、首、腹部、そして両足を閉じた格好で五寸四方程の角柱に拘束されたのだ。
両手は、柱の背で後手に縛られた。
お万喜の方は、朱鷺の真ん前に立つと、
「先刻はよくも虚仮にしてくれたな。」
と、持っていた箒尻で強かに朱鷺の右肩を打ち据えた。
仕返しの一打のつもりだった。
朱鷺は、呻き声さえ漏らさない。
「早く、狗の名前を申せ。痛い思いをしたくなければ、申すのじゃ。」
お万喜の方が、朱鷺を急かす。
朱鷺は、無言でお万喜の方を睨むのであった。
知らないというのは、さっきの燕の口出しで通らない嘘であるから、黙ることを選択したのだ。
お万喜の方が側に控えている下級武士に、
「この女の胸をはだけさせい。そして例の革紐を持てい。」
と命じると、一人の武士が喜んだように、朱鷺の前合わせを左右に大きく割り開いた。
朱鷺の豊満な乳房が、まさにこぼれんばかりに露出した。
武士たちは、下卑た笑いを秘めながら朱鷺の乳房に見とれている。
そこへもう一人の武士が、手桶を抱えてやってくる。
「それ、この者に女の辛さを思い知らせてやるのじゃ。」
お万喜の方の命令に、二人の下級武士が手桶の水に浸かっている革紐を取り上げる。
その長さは、三尺ほどであろうか。
二人の武士はそれぞれ両の乳房の根元にその紐を二重に巻きつけると、力いっぱい引き絞り固く結んでしまった。
朱鷺は、呼吸が辛くなるのと同時に、乳房が根元から引きちぎられるような痛みに苛まれた。
しかしその痛みは、ほんの序章に過ぎなかった。
お万喜の方と控えの武士たちは、朱鷺の表情を見つめながら、不気味な笑いを堪えているように見えた。
しばらくすると、朱鷺はその笑いの意味を理解した。
時間を追うごとに、乳房への戒めがきつくなっているのである。
お万喜の方が、
「この紐はな、鹿の革で出来ておる。これを水に浸して、延び切ったところでお前の乳房を縛ったのじゃ。」
と請われてもいない説明をする。
革紐が朱鷺の体温で急激に水分を失い、縮んでいっているのだ。
朱鷺は、自分の胸の豊かさが恨めしくさえ思えた。
益々引き絞られる痛みに、さすがの朱鷺も低く呻いてしまった。
ほんのかすかな呻き声であったが、それを聞き逃さないお万喜の方は、
「それ、頃合じゃ。女の乳房が叩いてくれと申しておるぞ。」
と、一人に箒尻を手渡した。
いつもこの責め問いを行っているのか、手渡された武士は我が意を得たりといった風に、まず左乳房下部を渾身の力で打ち据えた。
根元を強烈に引き締められているだけで充分辛い上に、充血を始めている柔らかい部分を打たれるのは予想以上の痛撃だった。
朱鷺は思わず、
「ぅくっ!」
と小さいが、はっきりした悲鳴を上げてしまった。
ツンと上を仰ぐ乳頭の下一寸ほどのところに出来た赤い条痕が痛々しい。
効果を確信した箒尻を操る武士は、闇雲に左乳房を打ちまくる。
しかし、意識的にか乳頭だけは除外されていた。
朱鷺の悲鳴は、徐々に大きくなっていく。
あまりに力を込めすぎたのか、箒尻の武士の息が上がる。
それを見て取ったお万喜の方は、交代を命ずる。
代わった武士が、今度は右乳房を狙う。
乳頭を除く両方の乳房全体が腫れあがるまで、続けられた。
朱鷺は悲鳴を上げるものの、決して口を割らなかった。
お万喜の方は、手で武士を制すると、
「ふん、忌々しい女狐め。これでもか。」
と懐から縫い針を取り出し、朱鷺の左乳首に突きたてる。
しかし、朱鷺は黙ったまま目を閉じた。
お万喜の方は、非情にも針を乳首に貫通させた。
「ぐぎゃー!」
朱鷺は、叫ぶことでしか痛みを耐える術を知らなかった。
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